500基以上の神輿を担いだ「明日襷」の宮田宣也氏が語る。見えないが確かにある祭の力とは

祭MAGAZINE

過去から受け継いだ祭文化を未来へ届けられるかどうかは、今を生きる私たちの行動にかかっています。現代における祭の価値と魅力を見つめ直してみましょう。

祭の復興に人生を捧げた祖父から受け取った未来への襷

日本全国には、様々な祭があります。その起源や様式も土地によって多彩で、祭を愛する多くの方々によって支えられ、現在まで伝わっています。しかし、少子高齢化や近年のコロナ禍により、全国的に日本の祭文化は岐路に立たされています。「どのように次世代へ継いでいくのか。」各地で祭を担う人たちが考え続けている課題です。
世代を超えて伝わって来た祭文化は現代社会においてどう振る舞い、次世代へと届けることが出来るのでしょうか。

今回は、祭エンジンの運営元である明日襷(アシタスキ)の代表理事であり、これまで累計500基以上の神輿を担いだことがあるという、宮田宣也さんにお話を伺いました。

宮田宣也(みやた のぶや)
横浜市栄区出身。一般社団法人明日襷(アシタスキ)代表理事、祭エンジン代表。
神輿や神棚の修理・製作、祭文化の活性化事業を行う他、全国各地の祭やヨーロッパへの神輿渡御など海外でも活動をしている。

まずは、私がなぜ祭と出会い、祭文化を未来へ継承しようと思ったのかについてお話します。

祭との出会い

「お前は、俺の宝だから」
祖父はよくこう言ってくれました。幼い頃、何度も、何度も。
当時の私を本当に祖父は愛してくれて、いつも優しく接してくれる人だなあと感じていましたが、今になってみると祖父の言葉の中にはもうひとつ意味が込められていたような気がします。

“襷をつないでくれ”
お神輿の職人であり、地域の祭のリーダーだった祖父はその人生を故郷の神輿に捧げました。戦中、途絶えてしまったという地域の祭を神輿と共に復活させ、仲間や親戚たちと共に1から作り上げました。彼の生涯のうち40年ほどを祭に捧げ、人生をかけて祭文化を守り、私たちに届けてくれたのです。幼き日の私に直接は言わないけれど未来への希望を感じてくれていたのだと思います。

祖父との約束

祖父は平成23年に亡くなりました。だんだんと体が弱っていく日々でした。地域の祭に人一倍情熱を傾けていた分、彼の病は地域の祭へも影響を与えてしまいます。
「もう今までのようにお神輿は上げられないかも知れない・・・」
少しずつ高齢化がすすみ、担ぎ手も減って来ていたところでした。祖父が作った大神輿を上げ続けることは祖父の人生の軌跡を未来へ繋ぐことでもあります。

ここで途絶えさせてしまってはいけない。祭の火を絶やさないことで、祖父が人生かけて残してくれたという証を伝え続けたい。無くなってしまうかもしれないことに直面した時、私の心は激動し、なんとかしなくてはと考え、動き始めました。

生涯をかけて追い求めてきた祭の価値

祭の魅力とは

これからも故郷のお神輿を上げ続けていくにはどうすれば良いのか。私にはわかりませんでした。祭となれば神社にたくさんの人が集まり、力を貸してくれる。あんなに重くて肩も痛くなる神輿を、どうしてあんなに皆楽しそうに担いでいるのだろう。何故祖父は、人生をかけて臨んだのだろう。私はその魅力を、祭の力を知るためにご縁を辿り全国様々な祭に参加し、とにかくお神輿を担ぎ続けました。

そしてどの場所にも、祖父のように祭を心から愛し人生を注いでいる人たちがいることに気がついたのです。祖父は亡くなってしまったけれど、彼らが教えてくれるかも知れない。祖父がなぜ人生かけて祭に臨んだのかがわかれば、故郷の祭をこれからもずっと続けていけるかも知れない。どうすればいいかわからないで孤独に立ち尽くしていた私は、目指していくべき方向を見つめることが出来るようになったのです。

祖父の姿を追い求めて

希望を持つことが出来た私は、がむしゃらに祭の世界に飛び込んでいきました。被災地、石巻雄勝町では震災で途絶えてしまいそうだったお神輿の修復に携わり、もう一度お神輿を上げたいとの思いを応援し、担ぎ上げることが出来ました。さらに、ヨーロッパでお神輿を上げることもしました。宗教も文化的背景も違う人たちと心ひとつに、担ぎ上げることが出来ました。そんなひとつひとつが奇跡のようです。それでもきっと祭の力の一端でしかありません。しかしそんな一瞬を何度も目撃するたび、より祭の力に引き込まれていったのです。祭の力とはなんなのか。もっともっと知りたくなっていました。

終わらない旅

私はとにかく本気で祭と向き合い続け、力の限りお神輿を担ぎ続けて来ました。そうしているうちに私の周りにはたくさんの財産となるご縁が集まっていました。かけがえのない思い出をたくさん作ることが出来ました。そして私は気付いたのです。そうだ、これが祭の力なのだと。

祭の力は捉えどころがありません。そこに強く存在しているのに、その輝きによってよく見えません。しかし、祭に真剣に向き合い、力を注いだだけ多くのものを得ることが出来ます。それはきっと、本気で祭を愛し、守ろうとしている人たちが紡ぎあげてきた文化だからなのです。

祭の中心にあるものは最後まで見ることが出来ないのでしょう。一生わからないかもしれない。しかしだからこそ、生涯かけて追求することが出来るのです。祖父がそうだったように。そしてそれは世代を超え、いま私に受け継がれました。見つかるかどうかわからない長い旅を続けてくれ、と。

“誰か”ではなく“私達が

日本各地には様々な祭があります。全国的に有名で、日本中から人が集まる祭もあれば、地域で大切に守られ続け、受け継がれ、力を合わせて行っていく祭もあります。きっとそこには世代を超えて受け継がれて来た思いと物語があり、終わらない旅の頁を綴っているはずです。

時代が変わり、地域住民の分布や社会構造などが変化し、地域における神社や祭の役割や価値が問い直されてきています。現代に祭の伝統を地域に残せるかどうかは今を生きる私たちの行動にかかっています。現代における祭の価値をもう一度見つめ直し、どこへ向かうべきかを決めて行動していくことが必要です。今すぐに意味や魅力がわからなくても、追い求めてみれば、少しずつわかってくるはずです。先人が人生をかけて届けてくれた祭には、力があります。日本における全ての伝統は、誰かが私たちの世代へと届けてくれた結果。未来へ届けることが出来るかどうか、それはもうすでに、“誰か”ではなく“私達”が担う番なのです。

 

執筆者プロフィール

宮田 宣也(みやた のぶや)

横浜市栄区出身。一般社団法人明日襷(アシタスキ)代表理事、祭エンジン代表。
神輿や神棚の修理・製作、祭文化の活性化事業を行う他、全国各地の祭やヨーロッパへの神輿渡御など海外でも活動をしている。

TOPへ戻る

MAIL MAGAZINE

祭エンジンの
メールマガジンに登録して
日本の祭文化をもっと
深く楽しく知ってみませんか?

メールマガジン詳細へ

MAIL MAGAZINE

祭エンジンの
メールマガジンに登録して
日本の祭文化をもっと
深く楽しく知ってみませんか?

メールマガジン詳細へ