【現代祭論考】#01 私たちはなぜ祭をするのか -中編-

祭MAGAZINE

祭の本質的な価値に迫ることは、祭をとりまく課題や解決策を考えるきっかけとなる —

祭エンジンでは、様々な方と多様な視点で祭についてお話し、“祭とは一体何なのか”に迫り、現代の在り方について考えを深めていきたいと思います。

今回の記事は、現代の祭の在り方について考え、議論するclubhouse企画「現代祭論考」第一弾の中編です。

中編では「なぜ祭は楽しいのか」という視点から、各々の体験談や哲学に基づいたクロストークの内容をお届けします。

前編:なぜ祭をするのか
中編:なぜ祭は楽しいのか
後編:なぜ地元の祭が一番楽しいのか

〈対談者プロフィール〉

柴田 良一(しばた りょういち)
HN:いずみしんじ
横須賀市出身。國學院大學大学院博士課程後期単位取得退学。東京都中央区住吉神社権禰宜。
YouTube『神主の遺言 本当の私発見チャンネル』を運営。人間の心に焦点を当てながら、日本・神社・祭りなどの魅力を発信。
鬱(うつ)やパーソナリティー障害などの精神的な苦しみについても独自視点の考察を行っている。

川島 飛鳥(かわしま あすか)
茨城県ひたちなか市出身。株式会社PR Table PRチーム所属。ゲストハウス水戸宿泊交流場イベント企画担当。
祭は準備する段階から関わるのが好きな「祭研究女子会」メンバー。もっと日本全国の祭を知りたく勉強中。

宮田  宣也(みやた のぶや)
横浜市栄区出身。一般社団法人明日襷(アシタスキ)代表理事、祭エンジン代表。
神輿や神棚の修理・製作、祭文化の活性化事業を行う他、全国各地の祭やヨーロッパへの神輿渡御など海外でも活動をしている。

祭の楽しさは集団との“統合”にあり

りょう:先程、宮田さんがおっしゃっていた“祭が好きな理由”の深堀りついて、私は人の心に注目して考えてみたいなと思います。まず普段の私たちは、私は私、パソコンはパソコン、机は机、など1つひとつ違って、それぞれが分離独立して存在していますよね。これがこの世の原則だと思います。ただ、人間の心は分離独立していることで孤独や寂しさを感じています。

一方で、日本の祭は大きな特徴の一つとして、集団で同じことをする、というのがありますよね。同じ衣装で、同じ掛け声で、同じ合いの手で、同じ動きをする。自分達の地域だけの極めて限定的で閉鎖的な範囲、つまり内輪で楽しんでいる、という状態が祭にはよくあることです。例えば、木遣りの合いの手など知っているのは私たちだけ、この組織の人だけ、という意識が楽しいと感じる要因なのではと思うんです。これって1人では絶対できないですよね。集団と“統合”していくことによって得られる喜びは、祭でのみ感じられることなのかなと思います。

※木遣り(きやり):本来は作業唄だが、民謡や祭礼の唄として、各地に伝承されている。木遣り歌・木遣り唄とも。

私たちは、分離独立して存在していながらも、祭という空間には個が縮小して集団と統合していく働きがあって、それが心地よい、気持ち良いと感じ、ここに人間が祭を楽しいと思う理由があるのなのかなと思っています。

祭で脳が活性化する瞬間

宮田:あすかちゃんは祭に参加する中で、この瞬間やばいな、楽しいなと思ったのは、どんなときですか?

あすか:私も1人じゃなくてみんなと何かすることが本当に好きな人間なんです。まさに、りょうちゃんが言っていたことに共感しました。祭の準備も片付けも楽しいなと感じるのは、みんなでやってるからで、世代の異なる人たちと同じ目的に向かって作業する、その瞬間全てが楽しくて、好きですね。

祭本番で、お互いに楽しんでいる瞬間は皆それぞれ色んな方向に意識の矢印が向いている時もありますけど、祭が終わって、またお互いの方を向いて、感謝を伝えあったり、頑張りを讃えあっている瞬間に「あ、みんなが一緒になっている」と感じて、うわぁっと言葉にできない感覚になったのを覚えてますね。

宮田:なるほど。日本の祭って本当に同じことをみんなでやりますもんね。お神輿を一緒に担ぐのもそうだし、担いでいなくても近くで手を叩いているとか、その日のために準備したり、片付けしたり。日本には一緒のことをみんなで同じようにやるという文化がたくさんあると思うんです。

そういえば、こういった日本人の文化や習慣に着目して研究している脳科学の先生が祭にすごく興味を持ってくれたことがありました。

その先生が言うには、日本人って説明できない例外的な高齢者の活躍が多い国らしいんです。例えば、80才から水泳を始めたお婆ちゃんが世界記録を出すなど。身近なお爺ちゃんやお婆ちゃんを考えても、めちゃくちゃ元気ですよね。(笑)そこで、その先生は何故こんなに日本の高齢者が元気なのかに着目して研究を進めていくと、日本人は、日常の中で“エンパシー”を感じる瞬間が他国と比べて多いことが分かったらしいのです。

エンパシーとは共感するということで、りょうちゃんが言っていたような、お神輿を担ぐとか、盆踊りを踊るとか、よく知らない人だけど同じ動きをしているんだからきっと今同じことを感じているんだろうって思う、その状態のことです。

他にも、うまいもの食べた時、言葉はないけど「うんうん」だけでみんなの気持ちが通じ合う感じってあるじゃないですか。同じ釜の飯を食う、同じことを一緒に行うという行為を通しての共感が複数人の間で起こった時に、脳は物凄く活性化するそうです。脳が活性化するということは、脳科学的にいうと「超楽しい!」と思っているということなんですよ。

日本人は、稲刈りなど、大変なことをみんなで一緒にやって、喜びをみんなで享受するということが習慣としてあるから、脳がずっと活性化していて、高齢者も元気なんだと言っていました。

この事実は「なぜ祭を楽しいと思うのか」を考える一つの重要なカギになるような気がするんですよ。

りょう:たしかに。日本の祭は、神様をお祀りすることが目的ですけど、すごく簡単に言うと、全体が一つとなって溶け合っていく効果があって、それが気持ち良くて、楽しくて、中毒になっていく、これが祭なのかなとも思いますね。

宮田:まさに中毒性ありますよね。

土地の記憶と祭の中毒性

りょう:先程話した、地域や組織だけが知っているという、極めて限定的で閉鎖的というのも重要で、私はこれを“土”と呼んでいます。祭には“土”が重要だと考えています。例えば、いろんな地域からお神輿をたくさん持ってきて、みんなで担いでワイワイという祭があったとして、これはこれで楽しいと思うんですけど、一番楽しいのって地元の祭ですよね。それには、この“土”が重要で、この土地と祭の中毒性というのは大きく関わってくるんじゃないかと思います。

宮田:まさにそうだと思います。脳科学的に見ても、たくさんの記憶があるという点が重要だと思います。毎日通っている道とか、地域のおじさんの若い頃を知っているとか、小さい頃はお神輿を担げなかったのに、今は担げるようになったとか、細かい情報がたくさんありますよね。その場所、その人たちと共に非日常の祭の日を迎え、一年に一度しかない風景が繰り広げられているとなれば、有名だけど初めて参加した祭より、面白くないわけないんです。(笑)絶対に脳が活性化すると思いますね。だから地元の祭っていうのは唯一無二で最高に楽しい日だと思うんです。

りょう:地元の祭をどこかに持って行っても、楽しさって半減しちゃいますよね。それはそれで楽しいんだけど、地元の祭ではなくなっちゃうのかなと思います。

宮田:先程おっしゃった“土”こそが、日常のケの日の積み上げですよね。その日常が積み重なっていればいるほど、祭の日はもちろん面白くなる。準備といっても、ただ前の日掃除するとか、お神輿の組み立てをするだけでなく、祭が終わった次の日からできることってもっとたくさんあると思うんです、始めようと思えば。

もっと地域の人、近所の人と仲良くなろうとか、来年は祭であんなことをするために普段から話し合ってみようとか、日頃から神社を綺麗にしようとか。想いを寄せれば寄せるほど積立貯金になって、その分どんどん地元の祭は楽しくなっていきますよね。

りょう:宮田さんは2019年から神社掃除をやっていましたが、今年の祭は感じ方が違いましたか?

宮田:もう全然違いましたね。神社掃除を続けてきたからこそ出会えた人もいますし…

後編に続きます。

 

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(text by 伊藤里加子/祭エンジン事務局)

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